大学の施設では犬の管理が合理的にできるように工夫されていた。
1頭1頭の犬は、狭いケージの中に収容されているが、その床はある程度隙間を空けた鉄の棒が何本か渡されているだけであった。
排便したあと糞尿は自然に下に落ち、掃除しやすい構造になっていた。
しかし、それは管理側の論理であって、犬にとってはやはり「普通の状態」での生活ではなかった。
横たわっている時は大丈夫だが、いったん立ち上がると、当然犬たちの指の間に鉄の棒が食い込むような状態になる。
そのため、指はいつも腫れ上がっている。
さらに驚いたことには、そこにいる犬たちの爪は数センチ伸び放題の状態であった。
普通の犬の場合は、歩く際に自然に地面と擦れて爪が短くなるため、たまに切ってやるだけで良い。この施設ではこまかい世話をする余裕もなかった。
散歩をさせることもなく、使命を終えるまでケージの中だけの生活なので、爪は伸びたままの状態で放置されていたのだ。
こうして、施設の中での生活とは違う「普通の生活」が始まったのだと、ゆきにも自覚させる必要があった。
それは、トレーニング以前の、基本的な「生活改善」の取り組みでもあり、真剣勝負の闘いでもあった。