収容所から大学施設に犬を譲り受けるについては、実験研究者の研究内容によって計画が立てられ、予算がつく。従って、犬の本来の管理責任者は基本的には研究者個々人となっている。飼育管理者は、研究者に代わって犬の飼育の仕事をしていることになる。
収容されている犬たちには、特に名前はない。
研究者たちは自分が購入した犬が飼育室のどこのケージに入っているのかをよく知っているため、いちいち、名前を呼ぶ必要はないからだ。
普通、犬を呼ぶときには、「おちびちゃん」という共通した呼び方で呼ぶことが多い。
「倉田さん、こういう仕事をしていて、いつも考えていることがあります。
予定された実験が終わると、ここで飼われている犬たちは処分されるか、生かされても、次の実験に備えるために、あの狭いケージの中でずっと暮らしていかなければなりません。
どちらにしても、ここにいる犬たちにとっては2通りの選択しかないのです。
他の犬と同じようにこの世に生まれてきたのに、実験動物というだけで、不自由で、不本意な生き方を強いられています。
そういう犬たちの生き方を見ていると、本当に不憫に思います。
でもこういった実験動物たちのお陰で、医学的な臨床実験を行うことができ、さまざまな研究が進み、その結果として、私たち人間にとって有益なデータをたくさん得ることができます。
ノーベル医学賞をとったある学者も、『動物実験の成果がなければ、今回の賞はありえなかった。動物たちに感謝します』と講演したほどで、たくさんの動物たちの犠牲の上に、私たち人間の医療や食べ物や美容などの生活の安全性が保障されているんです。
だからこそ、私たちは実験動物に対して敬意を払い、深く感謝しなくてはいけないのです。それと同時に、動物福祉についても考えていかなくてはいけないと思います」
佐藤は、落ち着いた口調で話した。それは、誰に言うのでもなく、まるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。