倉田たちが部屋に入るなり、犬たちが一斉に吠えだした。その声がコンクリートの壁に反響するため、隣で話をする人の声も聞き取れないほどだ。
部屋の中は犬自身が放つ独特の強い臭気がある。しかし、前もって思い描いていたのとはまったく違うなと、2人は感じた。
部屋は綺麗に整頓されていて、毎日の掃除が行き届いているのがよく感じられた。飼育担当者が動物たちへの餌やりをすると同時に、毎日、飼育室、実験室などの清掃をしているからだ。
この部屋が目的の施設で、通常ここでは「犬の飼育室」と呼ばれている。1頭毎別々にステンレス製のケージに入れられ、いつ実験されても良いように、常時30頭前後の犬が「待機」している。
ケージの大きさは、縦・横それぞれ1メートル、高さ1メートル20センチの広さ。中に入れられた犬は、ただ向きを変えるだけのスペースしかない。
自由に動き回れるというには程遠い状態であり、これが1頭の犬がいま生かされているすべての「世界」なのである。
ケージは上下に積み重ねられて全部で25列、合計50個あった。全国のどこの実験動物施設でもほぼこのような形のものを使用している。
(このような所に収容することは、樹上動物でもない犬のためにとっても良くないし、管理者が様々な作業を行う上でも不便なことや、危険なことがあり佐藤はこの2段ケージには反対であったが・・・)
ケージの床の部分は、丸い鉄棒が縦に何本か渡されていて、糞尿が自然に下の受け台に落ち、清掃がしやすいように工夫されている。
しかし、大きな犬にはこの床も支障はないが、小さな犬にとっては、鉄棒と鉄棒の隙間に細い足を踏み落としよくケガをすることがある。
犬たちは、ケージの中でしっかり立つためには、鉄の棒を踏みしめければならない。そのため、足の指にそれが食い込んだままの状態が日常化し、指の間が傷つき、いつも化膿している犬が多いという。
部屋には窓がない。人工的な蛍光灯の光だけが唯一の採光である。
犬たちはケージの外を自由に動き回ることが出来ない。その残りの一生をこのケージの中で過ごすことになる。
ただ、たまに飼育管理者が、棟続きのベランダで短時間散歩させてくれることがある。これも、ルーチンワーク(日課)ではないため、彼らが時間的に余裕がある時のみに限られていた。
番号がつけられた狭いケージには、実験犬が1頭ずつ入れられていた。
餌は全頭に一律同じものが与えられるのではない。実験の効果を見るためだとか、実験後の体力回復などの目的で内容を変えることもある。