26.「制服」

 世の中、色々な職種によって制服がある。

現在の職場でも、普段は私服であるが、実験や動物を触る時は白衣に着替える。技術者になりかけの頃はどういう訳か、白衣ではなく作業服が支給されていた。私の所属していた職場では実験動物部門以外に電子顕微鏡や、特殊な機器管理がメインで、担当者は全員が作業服を着ていた。私はこの作業服が嫌いで、身体が小さい為、サイズの合うのがまったくなく、いつもダブダブの格好で歩いていたが、他の職員からいつも笑われていた。それに、職場にいるのが基礎棟でなく、病院内である為、白衣は抵抗なく着用出来、一部の同僚や現業職員から生意気だと言われながらも、ずっとそれで通して来た。何故、生意気なのか?それは白衣の持つ一種のエリート意識の表れとも言える、独特の雰囲気があったからであろう。いわゆる、白衣を着用できるものは医者や看護士、薬剤師などの直接、医療に携わる者だけの特権と勘違いしていた古い時代錯誤の考え方が浸透していたからだ。

制服によって社会的地位を表す指標として、守衛や現業作業員は作業服、事務官は背広にネクタイ、医療関係者は白衣と相場が決まっていた。そんな環境にあって、私などのように実験動物技術者が白衣を着用するなんてとんでもない話で、実験に来る医者以外は「あいつは生意気な奴」と思われ続けて来た。ましてや、注射器を持ったり、メスをふるったりしようものなら「医者の物真似」とも言われた。

私は実験室の管理者として、多くの高度医療機器もメンテしていたが、それらの機器を使いこなし、研究者に教える立場なら、「実験」とは何か?また、研究者が欲している技術者像とは何かという事を常に念頭に置いていた。単なるメンテだけなら、故障の修理が主業務になるだけで、そんな仕事なら誰でも出来ると思っていた。それなら研究者が行っている実験という物を理解し、そういった機器がどのような形でデーターをはじき出すのかということに興味を持ち始めた。そして、それを知る為には自分で実際に動物を使って機器を使いこなそうと思った。難しい実験は出来なくても、麻酔を投与し、眠っている動物の電気生理的現象を把握するくらいなら大丈夫だろうと、親しい研究者にお願いして、最初は実験現場でお手伝いさせてもらった。慣れてくると、血管を露出させ、血圧測定を行ったり、心電図を計測したり、徐々に実験とはどういうものかを理解することが出来た。もっと慣れてくると、実験中の麻酔操作による体温低下の防止といったようなテーマでメーカーとタイアップして装置を開発したり、自然発症疾患モデル動物を見つけ、共同研究として学会にも発表できるようになった。

そのようなことをしているうちに、機器の管理もスムーズにできるようになり、機器の特性やデーターリングの重要性もわかったし、循環器系の実験ではフィラリアに罹患している犬を使用すれば、心電図などに乱れが生じ、正しい成果が得られないこともわかった。また、当時は動物用の心電計などはなく、人用のものを使っていたが、人間の場合は電極が皿状になっているため、ゼリーなどを塗って簡単に検査が出来たが、動物のように皮毛がある場合は接触抵抗が強く、綺麗な波形は望めなかった。色々と工夫した結果、皿電極を取りはずして、代わりに注射針をハンダで取り付け、その針を四肢誘導として計測した結果、うまくいった事もあった。この工夫は恐らく日本で最初であったと思う。レントゲン装置も百Kボルトの小さな物が備えてあったが、透視装置を駆使して、綺麗な写真が取れた時は本当に嬉しかった。これらの実地勉強のおかげで、次第に白衣を着て仕事をしていても、周囲は何も言わなくなったし、「医者の物真似」という陰口も次第に小さくなって行った。

医学部に籍を置いている技術者なら、やはり、医学研究とは何か?今の最先端の医療は何か?という事ぐらいは知って欲しいし、何よりも、格好に惑わされず、例え、血だらけのボロ白衣を着用していても、自信を持って望んで欲しいと思っている。その考えは歯学部に籍を移した今でも変わらない。