21.「日本の犬は幸せか」富沢 勝著からの抜粋

今回は「日本の犬は幸せか」というご本を出版された獣医師の富沢勝先生に許可を得て、記事を抜粋転載させて頂いた。

近年、この種の本は大変多くなった。実は今はペットブームであるそうな。生まれた時からずっと動物と一緒の暮らしをしている私などには、側にいて当たり前なのでこういう社会の動きには気が付かなかった。そして、今、痛感するのは、日本は動物に接する概念においてはまったく未開の地であり後進国である事。動物愛護の活動のために英国から派遣された女の子たちと話をした時にはまったく恥ずかしくて仕方なかった。彼女達は私生活を投げ打って海を渡って、田舎の山の中の施設に住み込みで見捨てられた動物達のお世話に来ているのである。それもこれも日本政府が方針として庇護の必要な動物達に何の関心も持っていないからである。そういう海外からの応援もあるが、年頃の女の子たちがぼろぼろの衣服で(当然そうなる)動物達と一緒に住み込みでお世話をしているような施設は人知れずとんでもない僻地や山奥にあるのである。今、ぜんぜんそういうお手伝いも出来ずにいる自分も歯がゆいが、そういう事実を世に問い掛けるためにこういう本はあるのである。

これは社会的な統計をバックグラウンドに持ちながらペット業界、居住区域における問題点、法的な問題などに焦点を当てている。それらも良い資料にはなっていると思うのだが、実は大変心を動かされた部分がある。いつも読むたびに涙を禁じえない。

日本の動物愛護運動に重要な意味を持ったひとりの英国人女性アン・ロスが紹介される。英国の動物愛護団体から派遣されて1969年、単身日本にやって来た。日本動物福祉協会に所属しながら、風呂も無い六畳一間の炊事もトイレも共通の木造の安アパートに住んで東京大学医学部に通った後、東北大学、大阪大学、と実験動物の扱いのひどさが問題となった施設へ移りながら動物達を救っていった。ほんとうに救っていったのである。ただし、その救いは、実験のために殺される動物達を逃がして連れて行くのではなく(そんな事はできなかった)、たとえ、その日のうちに殺される動物であっても、死ぬ前にすこしでも人間にかわいがられた、という記憶を残してやろう、という救いだったのである。自分の体と精神を削りながら犬の扱いが「日本一悪い」大阪大学で日夜戦いつづけた彼女もついに病に倒れ帰国し、長い闘病生活の後に亡くなる。彼女が動物を気遣う同僚へ帰国前に最後に残していったのは、箱に入ったウイスキーとタバコ二箱、そして一枚の便箋だった。それにはたどたどしいひらがなで「さとうさんいぬのことをたのみますアン・ロス」故郷にある彼女の墓碑は彼女が死ぬまで気にかけていた日本のカタカナ文字で「アン・ロス」と刻まれている。アンの肉親や友人達は、日本人が墓参りに来た時にすぐわかるようにという気配りで「アン・ロス」と彫ったのだが、彼女に感化されて友人となった同僚の佐藤良夫さんが訪れただけであったようだ。しかし、プロとしての意見と政策を初めて日本に持ち込んで実践していった彼女の功績を紹介しているこの部分だけは何があっても世に広めたい。彼女に関する資料は、日本動物福祉協会の機関誌と大阪大学歯学部の佐藤良夫さんの文章しか残っていないらしい。残念だ。それらだけでも読んでみたいし、英国のお墓まで行ってあげたい。場所を知りたい。普段は3時間以上の乗り物を拒否したい私だが、「二度とこんなに長い時間飛行機になんか乗るもんか」と思ったヨーロッパにもう一回行ってもいい。彼女のせめてお墓には行ってあげたいのである。

関西支部(注釈):本21項は富沢先生の文章を引用されていますので校正等は一切行わず、当初のまま掲載させて頂いております。