1:  はじめに

現在日本では、高度先進医療の発達のおかげで、それまで、不治の病とされた難病も次々と治療法が開発され、多くの患者さんがその恩恵を蒙るようになりました。

心臓移植も約30年ぶりに再開され、重い心疾患を持った方も外国での治療に頼ることなく、国内で移植手術の機会を待つようになりました。

遺伝子治療も確実に浸透して来ています。

これらの成果の陰には、数多くの実験動物たちの犠性があることを忘れてはなりません。

私は、生命を救う医学のそばにいながら、裏側で行われているもう一つの生命を奪う「動物実験」の現場で、40年近くの間、旧国立大学の実験動物技術者として働いてきました。

人の人生においては、色々な人との悲喜こもごもの出会いと別れを繰り返すものですが、私にとっても一生涯忘れる事の出来ない一人の女性がいました。

その人の名前はアン・ロス。

突然、 私たちの目の前に現れ、そして突然、姿を消したイギリス人女性・・・。

この物語はアン・ロスという女性の姿を通じて、人と動物の関わり合いの中で本当に大切なものは何か?ということを読者の皆さんに考えていただくために綴りました。私たち日本人が忘れてしまった「大切なもの」を今一度思いおこし、取り戻していただくきっかけとなれば幸いです。