人間の心理として、悲しいけど笑ってしまうような経験は誰でもあると思う。
例えば、小生が子供の頃、ある野池で台湾ドジョウを釣って、自転車の荷台に乗せて、帰り道にお葬式をしている場面に遭遇した。その時、ドジョウが暴れて、荷台から飛び跳ねて地面に落下した。慌てて、拾おうとするのだが、ヌルヌルしているので、なかなか、捕まらない。そのうち、お葬式に参列している人達の近くまで逃げていった。悲しみに明け暮れている参列者はその様子を見て、最初は驚いていたが、そのうち、こらえきれなくなった人が笑い出したのを機に、全員が笑い出してしまった。不謹慎だと思うが、これが人間の心理である。
これと同様な経験を動物実験室内でしている。通常、麻酔をかけて腹腔内の手術を行う時は嘔吐反射によって胃内容物が逆流して、気管支を閉塞するのを防ぐ為、手術前日は一切、食事は与えないものだが、この日は違った。血相を変えて管理室に飛び込んで来た研究者が「佐藤さん、大変です。犬の鼻からウドンが出てます。」と言って来た。見に行くと、確かに鼻からウドンが出て、呼吸不全を起こして死んでいた。異常に腹部が膨らんでいる。口腔内を見ると、呼吸器につなぐチューブが気管ではなく、食道に入っている。研究者に「気管内挿管ではなく、食道内挿管になっているよ」と教えてあげたが、普通はこれで死亡することはない。「先生、実験前に何か食べさせた?」と聞くと、「余りにも腹が減って可哀想な様子なので、朝からウドンを注文して食べさせました」という返事。原因は誤って食道にチューブを挿管したあげく、呼吸器を作動させてしまった為、腹圧が上昇し、胃内容物が逆流し、呼吸不全を起こしたものだった。鼻からウドンはその証拠だったが、優しいその研究者には何も言えなかった。
普段、実験前でも実験後でも、自分の財布で食べ物を買って犬に与えるような人は皆無であったので、初歩的なミスといえどその研究者が今後、一人前の医者として独立するにあたって貴重な経験だったと思う。
一見、その時の場面を想像すると、思わず笑ってしまう人もいるが、決してその方が残酷な人ではない。人間の心理的な部分にそのような遊びの部分があるから、辛くても生きていけるのだと思う。