95. 「無関心」

12月1日、大学の正面玄関近く轢き逃げ事件があった。被害者は私の所属する歯学部の学生で、ほぼ、即死状態だった。通勤時間帯の最も車両が多い時であるにも関わらず、まだ目撃者が現れていない。

事故の詳細はわからないが、中型バイクに乗って通学していたらしい。走行中に当てられて転倒し、後続車に轢かれたのか、該当車が轢いたのか明らかではないが、現場には警察の目撃者探しの看板と、花が飾られていた。

今のところ、加害車両はバン型というだけで、同時刻に走っていた他のドライバーからの目撃証言に関する連絡はまったく無いそうだ。

事故はあっという間に起こったかも知れないが、毎日のように渋滞している道路で、目撃者がいないはずはない。

我が国のひき逃げの検挙率は90%以上と言われているが、それも加害車両の何らかの痕跡があった場合と目撃証言が寄せられた結果によるものである。

事故の連絡を受け現場を見に行ったが、倒れたバイクには殆ど傷が無く、被害者はすでに救急車両に乗っていたが、道路には血痕も見当たらなかった。一日も早い犯人の逮捕を望むが、相当に難しい捜査になりそうだ。

奈良の女児誘拐殺人事件もいまだ、犯人への手掛かりも無いようであるが、流行の携帯を使った悪質な犯行であり、以前、ネコの惨殺シーンをHP上で公開した事件と似ている。恐らく、犯人は今回の事件を引き起こす前に動物を使って同じような経験をしているかも知れない。

私はこのような犯行を「エスカレート殺人事件」と仮称して使っているが、動物だけでは飽き足らず、どんどん、エスカレートして、最終的には弱い人間 がターゲットになるのではないかと思っている。

白昼、堂々と子供をさらって陵辱し、数時間のうちに殺し、あげくに遺体の歯まで抜いた上、それを遺族に写真添付で送りつけるという行為はどう見ても尋常でないが、この事件も目撃者が少ない。

他人に対して異常な関心を示す人もいるが、最近の風潮なのか、無関心を装う人も増えている。例えば道路に倒れている人を見ても誰かが通報するだろうと、立ち止まることも無く、そのまま通り過ぎてしまう。また、通報によって「第一発見者」となるのが面倒なので、なるべく関わらないようにする。特に年末年始になると酔っ払いが寝ていることも多いので、そういう輩と勘違いしてしまうということもあるだろう。

以前、満員の電車内で癲癇発作を起こして倒れた乗客がいた。キャーと言う声でその人の周囲に隙間が出来た。私はすぐにそれと察したので、舌を噛まないようにハンカチを口に入れ、頭部を動かさないようにして膝に抱き、「車掌を呼んで来て下さい」と叫んだのだが、誰も行動してくれなかった。

全員、痙攣発作を起こしている乗客と私を遠巻きにして見ているだけで、とうとう、次の駅に到着した。抱きかかえてベンチに座らせて様子を見ていたら駅員が飛んで来た。取りあえず、救急車の手配を頼んで次の電車に飛び乗ったが、いずれにしても情けない経験だった。

同じようなことがなんば駅のエスカレーターでも起こった。たまたま、そのエスカレーターに乗ったのだが、女性の甲高い声とともに上から男性が転がり落ちて来た。打ち所が悪かったのか、頭部から動脈性の出血をしていた。

慌ててエスカレーターのスイッチを切ってもらい、止まった状態でハンカチを出血部位に押し当てた。それでも噴水のように出る血は止まらず私の指の間を通過して流れて来る。この状況を囲みながら見ている人たちに「駅員と救急車を」と頼んだが誰も走ってくれない。

しばらくして、この異様な雰囲気を察知したのか駅員が来た。「出血が止まらないので、何かタオルかガーゼでも持ってきて下さい」と言うと、すぐに取って返し、大量のタオルを持って来た。

ようやく、出血も収まり、駅員が連絡した救急隊員の手で運ばれて行ったが、背広の 上下は言うに及ばず靴の中まで血液がこびりついていた。トイレに入り、怪訝な顔を しながら見ている人たちの目線を感じながら、血液をふき取っていたが、恐らく、その時の私の姿はどこかで殺人事件を起こした犯人のように思われたのではないだろう か?と今でも思っている。