92.「納豆談義」

人は食生活の中で必ずや好き嫌いが生じると言われている。原因は幼少の頃からの周囲の環境や家族(特に兄弟)が食べないので同じように食べないなど、極めて他者の影響に起因している場合もあるし、食わず嫌いと言われるように見た目で判断することが多い。

食文化はその国によって様々な形態があるが、日本人が好んで食べるイカ、タコ類は 西欧(イタリアを除いて)の人は食べないし、逆にエスカルゴや調理用の蟻などは日本人は好んで食べない。あらゆる食材を使っている中国は現在でも犬食は当たり前だし、ほんの少し前の日本でも戦後のどさくさ時代には「赤犬」と呼ばれて市場に出回っていたことは今の若い人は誰も知らない。

元々、日本人は米食人種なので、肉やパンとの出会いは歴史的に見て浅いが、欧米の食文化の影響を受けて以来、急速な変化を遂げた。

朝食はパンにハムエッグ、牛乳というパターンが固定化し、地方のホテルなどに泊まると若い人はこのメニューをオーダーする人が多い。恐らく、家庭でもこのパターン で生活をしているのだろうが、白いご飯に熱い味噌汁とお漬物、卵とノリ、それに焼き魚などがつく昔ながらの朝食風景は田舎に行かないと見られなくなった。

そういう私も洋風朝食が主流で、パンを齧りコーヒーを飲み、新聞記事を目で追いながらダッシュで通勤電車に向かう毎日を送っている。たまに仕事で地方のホテルに泊まると、和風、洋風の選別が出来る所ではのんびりと、和風朝食を食べるようにしている。不思議と時間に余裕があるときは食も進むのか、家庭では一枚のトーストでも充分なのに、こういう場所では何杯もご飯のお代わりが出来る。

本題の話に戻ろう。昔、仕事の出張先で水戸市のホテルに泊まったことがある。その時に朝食に出されたのが有名な「納豆」であった。大阪では納豆の常食はないから、ホテルのメイドから「納豆に卵をお付けしましょうか?」と問われたので、てっきり甘納豆だと思っていた私は朝から甘納豆が出るなんて不思議なところだと思った。

嫌いではないので「両方、持って来て」と言ったら卵と俵のようなものに包まれた奇妙なものがテーブルに置かれた。卵を割ってご飯にかけていたら「お客様、その卵は納豆と一緒にかき混ぜて食べるものです」と言われた。

「納豆は食後に頂くよ」と答えて、首をかしげながら去っていくメイドの姿を見ながら、どんな甘納豆かなと俵を開けたら、何と、えもいわれぬ臭気が漂って来た。一応、豆の形をしているが、とても甘納豆には見えない。箸置きでちょっと触ってみたら糸まで引いている。てっきり腐った甘納豆を持って来たと判断した私は、他の客にわからないようにメイドを呼んだ。そして、静かに言った「これ腐ってるよ」

以来、納豆は私の乏しい食文化の中で大きなカルチャーショックを及ぼした食品のひとつとして、いまだに君臨している。次回は滋賀県名物のフナ寿司について触れたい。