83. 「怪談」

地域の子供達を連れてキャンプなんかに行ったら良く怪談話をせがまれる。

大抵は「耳無し芳一」だったり、「四谷怪談」だったりするのだが、ギターを片手に音響効果を入れて話すと、効果適面である。小さな子供はお母さんの身体から離れようとはしないし、トイレも集団で行くことになる。中には話が終わっても「今度は僕達のテントで話して」と言う子供達も居るが、耳をふさいでしまう子もいる。

私は元々、そういった怪談や超常現象は信じないタイプであるが、一度だけ身の毛もよだつ経験をしたことがある。恐らく、これを読んでしまうとお化け大嫌いな釣り人は夜釣りに行けなくなるであろう。

十数年前の話であるが、和歌山県のとある釣り場に行った時である。地図で調べてあった場所に夜中の十二時頃に到着して、車を置いて、釣友と二人、目的の海岸に向かった。断崖絶壁にほんの印のような獣道が続いており、真っ暗な中、一時間かけて歩いた。途中、廃村になったボロボロの家が立ち並び、時折、これも訪れることもないだろう古い墓石がヘッドランプの環の中に浮かぶ。二人とも最初は色々と喋っていたが、徐々に無口になって来る。前を歩いていても突然、何か出そうだし、後ろを歩いていても背中がゾクゾクする。それでも何とか目的の浜に着き、これまでの不気味な感覚を忘れて釣り道具を出したのだが、何も釣れない。いや、釣れたのだが、とてもこのような遠浅の浜で釣れるような魚ではなかった。「黒ムツ」と言って深海で生活しているような魚だったのである。不思議に思いながら、竿を出していたが、徐々に眠くなり、釣友に声をかけてシュラフに潜り込んだ。ウトウトしかけていた時に、釣友の声で起こされた。

「何か聞こえない?」耳を澄ますと確かにリールのハンドルを回す音がかすかに聞こえて来る。「誰か我々のほかに釣りに来ているのだろうか?」と言いながら音のする方向を探した。すると、この浜からさらに岬に続く磯の先端付近からその音が聞こえて来た。

「やっぱり、先客がいたんや」「ちょっと挨拶に行こうか?」と二人で歩こうとすると、音の方向から今度は青い光が点滅するのが見えた。その時でもまだ、ヘッドランプをつけた先客がいると思っていたが、磯の先端付近まで来た途端、音も光も消えた。釣り人には良いポイントを知られたくないと言う人もいるので、きっと我々が歩いて様子を見に来たので、ライトを消したと思っていた。

「せこい奴やな」と思いながらなおも、磯際まで来たが、到底竿の出せるようなポイントではなかった。波が先端付近を洗っているし、磯の向こうに回り込めそうなルートもなかった。「おかしいな、空耳だったのかな、それにしても二人とも同じ音を聞いて 同じ光を見ているので、そうとも思えないし」と言ってると、突然、光の点滅とリールの音が始まった。それも、我々が竿を出したままになっている浜の方向からだ。

髪の毛が逆立った。飛んで帰りたかったが道具をそのままにして帰るわけにはいかない。恐る恐る浜に戻ったが、我々が近づくにつれて、光と音は移動し、浜に到着した頃は先ほどの磯の先端で淡い光とともにジリジリと鳴り続けていた。取るものも取らずに慌てて道具をしまい、またあの恐ろしい獣道を引き返したが、この一時間の長かったこと。釣友はその後、精神的に異常を来たして入院するはめになってしまったが、現在も彼の消息は行方不明である。

以後、その釣り場には行ったことが無いし、行こうとも思わない。このエッセイを読まれた方は是非、もう一度夜中にご覧下さい。それもなるべく 暗い部屋で。きっとその時の雰囲気が伝わって来るでしょう。