私はこの光景を目の前にして、思い切り頭を後ろからぶんなぐられたような気がしました。これまで、このような場合に適切な処置ができるのは、大学病院の中で自分がトップだと思っていました。
どんな研究者にも出来ない技術を自分は持っていると思っていました。
ところが、アンが今イヌに対してしたことに比べて私のこれまでの技術は何だったのだろう、と完全に打ちのめされ、すっかり落ち込んでしまいました。
アンの処置は素晴らしいもので、私は井の中の蛙であったと思い知らされた“事件”でした。
この日以来、私はすっかりアンの信奉者になり、麻酔技術はもちろん、実験動物の技術に関することはどんなことでも相談することにしました。
おかげで、これまで自分で勉強してきた日本の専門書に対して疑問を感じる部分が多くなりました。
言葉は相変わらず通じませんが、「技術者といえども、 動物福祉の理念を常に持って実験の補助にあたる」というアンの信念が理解できたのでした。
「動物を馴らそうとせず、自分から馴れること」
「例え、死ぬことがわかっていても絶対に粗末に扱ってはダメ!」
「同じイヌの中にも、主人に可愛がられて一生を過ごすイヌもいるのよ」
などと、実験動物を扱う人達に対して、彼女の目は無言で抗議をしていました。
これまで考えたこともないような動物への接し方を、その後アンと交流する中で私は自然に身につけていくことが出来たのでした。