ポリグラフ(多用途記録監視装置)と聞いて、一般の皆さんはどんな 連想をされるだろう?きっと科学警察にある犯人探しの嘘発見器のようなものを想像されるに違いない。
正解である。但し、原理的には同じであるが、用途は違って来る。医学生理学分野においてはポリグラフというのは生体の生理学的現象を増幅してモニタリングする方法で、脳波計、心電図、筋電図、血圧等をマルチチャンネルでテレビモニターで見ながら、患者さんの状態や実験動物の術中の状態を調べる器械である。それぞれが一個の独立した器械であるが、これをまとめてひとつの装置にしたものがポリグラフと呼ばれている。
嘘発見器もまったく同じで、犯人に色々な質問を浴びせ、血圧変動や発汗状態を見ながら専門家が判断する手段として使われている。人の生体からは微量な電流が流れており、脳波計なら毛剃りした 頭皮上にそれを拾うための皿電極を貼り付けたりするし、心電図は胸部と手足に吸引ゴムのついた電極を貼り付けて微小電流を増幅させてモニターで観察する。血圧は非観血方法と観血法があり、非観血法は 一般的に知られている腕の動脈に近い部分を緊迫して、徐々に圧力を上げて行きながら最大血圧と最小血圧を調べる方法である。
観血法は血管を露出してカテーテルを入れて、圧力端子の器械に繋げて波形を見る方法であるが、この方法が最も正確な値が出る。まだ、このポリグラフが実験に使用され始めた頃に実験室の管理をしていたのだが、多くの研究者が動物の電気生理学的検査方法について悩んでいた。人間の場合は頭皮にしろ、身体全体にしろ、蜜毛というものに覆われていないために電極を取り付けるのに、問題は無いが、皮毛に覆われた動物は非常に難しい問題がある。
所謂、「接触抵抗」の問題である。電極設置面が不安定であると 綺麗なデーターが取れないのである。びっしりと蜜毛に覆われた皮毛は接触を妨げ、設置面との境にどうしても隙間が出来ることから、いくら通電をスムーズにするゼリーを塗っても接触抵抗は取れず、可哀想であるが、電極設置面の皮膚を筋層まで切開して取り付けることが多かった。
私は何とか良い方法がないだろうかと考えた末、妙案を思いついた。それは日頃使っている注射針を利用して、直接筋肉内に刺して計測することだった。
皿電極を全部はずして、22Gの注射針を軸の所だけ切ってハンダゴテで取り付けた。
それを実験者の所に持って行き、試してもらったが見事に綺麗な波形が得られた。皮膚切開もする必要がなく、注射針を抜いたあとは アルコール綿で消毒するだけで済んだし、実験者はとても喜んだ。
早速メーカーにアドバイスして、動物専用の電極を作るように依頼すると、「元々は患者さんの為の器械をご利用して頂いてたので、そこまで気がつきませんでした。有難う御座います」と言ってくれた。
今、全国の実験室で行われている動物の電気生理学実験で使われている針電極のルーツはこんなところから始まったのであるが、これも無駄な苦痛を与えたくないという考えがあったからこその賜物だと思っている。