29.「アンの形見」

 思いがけないところからアンの形見が現われた。持っていたのは私の長兄で、最近ベルギーとオランダに行った際に昔、私が自費出版した「アンと息子の為に」と言う本を旅行の参考に持って行こうとしたところ、本棚から古い本が出てきたので、よく見ると長兄が大学で働いていた頃にアンからプレゼントされた本だった。自分には必要が無いので私にと送ってくれた。文庫本よりやや小さな本であったが、赤表紙で英語の文字と共に世界各地の犬の写真が掲載されていた。今流行りの犬種も多く掲載されており、秋田犬も並んでいた。固定化されたブリーディングの歴史や入手先も書いてあり、アンの故郷、英国の犬種も多く、彼女が亡くなって、お墓の横に横臥していた犬とそっくりな犬種もいた。恐らく、アンはこの本を見ては故郷を懐かしんでいたのだろう。殆ど殺される運命の実験犬の福祉活動をする間に、飼い主から可愛がられて、一生を家族と共に過ごすそれらの犬の写真を見ながら、何と世の中は不公平なの?と思ったに違いない。また、純血種と思われる犬でも流行好きな日本人に飼われたあげく、その流行が終われば簡単に手放す人々に怒りを覚えただろう。

今、空前のペットブームであるが、この流行が何時まで続くか分からない。そして、おもちゃのように捨てられて、あげくは収容所で処分されるか、生き延びても実験用に回されてしまう運命が待ち構えている。もし、犬達の叫び声が人間に理解されたなら、「どうして私達を捨てるの?私達は何か悪いことをしたの?でも、死んでも可愛がってくれたことは忘れないわ」ということが聞こえてくるだろう。アンの形見はもうひとつ、私の手元にある。英国に墓参に行った際にアンの母親から託された小さな木彫りのウサギである。今でもピアノの上に大事に飾ってあるが、この本も横に並べて冥福を祈ろう。