18.「見学」

 医学部で動物実験室の管理をしていた頃の話である。

時々、外部の団体、個人から見学をさせて欲しいという依頼があった。自分の大学でも施設を作るので参考にしたいという方から動物福祉団体、将来、医学部に進学したいという高校生、患者さんなどが多かった。殆どが正式に病院長を通しての申込者でなく、直接管理室にやってくるのである。取り敢えず、動物委員長や実験室利用運営委員長に連絡を取って、許可を貰ってから案内させて頂いたが、一様に顔をそむけながらの見学であった。

 実験室内は、清掃は怠りなくしているものの、やはり独特の臭気はぬぐえない。それに手術実験室内では出血を伴う実験が展開されている。これまで見たこともない世界がいきなり現れたのだから無理もないが、医学の側面にはこのような世界が実在しているのは覚悟して欲しかった。

 中には残酷だと言って泣きながら写真を撮っている方もおられたが、私は無視をして一通りの見学案内を済ませた。しかし、それらの写真が一部、動物実験廃止のキャンペーンに使われたこともあった。実験動物関係者にしてみれば、当たり前の光景でも一般の人にとっては受けるイメージがとても残酷に思えるように説明してある。内部で実験動物福祉に努力して来た私にとっては晴天の霹靂である。

 手術台の上に載せられて開胸されているシーンは誰が見ても残酷に思えるが、これが患者さんならどうだろう?同じ医者がしている行為でも違ったように見えるのだろうか?一方では治療行為、一方では実験というだけで、これだけ違った見方をされるとは思わなかった。実験している医者からはこの実験の必要性を充分、説明しているのを聞いた上でも納得出来なかったのだろう。以後、私は正式ルートを通さない見学をすべて断るようになった。

 見学を終えた人の中には「ありがとう!お犬ちゃん」と言って退室する方もいたが、そのような方は病気でもない動物を使って実験をしなければならない我々の苦悩を少しは理解してくれたと思っている。

 犠牲になってくれた命を決して無駄にしない結果があればこそ、現代医学の進歩につながって行くと信じているが、残酷だと言っている人もその犠牲の上に立って生活をしているという事を忘れないで欲しい。