15:  初対面

個人的に渡英するとなると経済的にもかなりの負担を強いられるため、出来るだけ安いツアーを利用することにしましたが、なかなか思った通りのツアーがありません。 仕方なく、遠回りにはなりますが、他の国へも周遊する団体旅行に申し込むことにしました。

10日間の旅は、スイスの三名峰を訪ね、最後の二日間はロンドンで過ごすというプランを選びました。妻と息子も同行するので、夏休みを利用しての墓参でした。

当初目的でなかったスイスの旅は思った以上に快適に過ぎました。ツアーメンバーは添乗員も入れて10名でした。たちまちのうちに全員と仲良くなり、みんなは私たちの目的を聞くと一様に感心してくれました。

連日のスケジュールをこなして、いよいよイギリスに到着した夜のことです。ロンドン市内のホテルから、英語の出来ない私に代わって添乗員がアンの母親に電話を入れてくれました。

明朝、10時頃に訪問するのでよろしくという内容でしたが、添乗員は電話を切る前に、私に気を利かせて受話器をよこしてくれました。突然のことなので私はとまどってしまいました。

アンのお母さんの生の声が受話器を通して伝わってきました。私は感動するというよりも、ドギマギして何をどういう風にしてしゃべったのかまったく覚えていないというあわてぶりでした。

翌朝ホテルの玄関先に出ると、添乗員が予約してくれたタクシーが止まっていて、早速私たちは乗り込みました。

これから先は私たち家族だけで、言葉を頼れる者は誰もいません。突然真っ暗な闇の中に放り出されたかのようで、知らない土地で言葉が分からないという言いようもない不安が次第に私の心を占めてきました。

アンのお母さんは最初に文通を交わしていた頃にはロンドン市内だったのが、その後住所が変わっていました。市内から約50キロほど離れたリックマンスワースという郊外に住んでいます。多分その近くにアンのお墓があるのだろうと予測していました。

2時間ほど走って手紙に書かれていた住所近くまで来ましたが、運転手は目的の家を探すのに自信がないらしいのです。歩いている人に片っ端から声をかけましたが、同じような所をぐるぐる回るだけで、一向に目的の場所に到着しません。

約束の時間をはるかに過ぎてやっとたどり着きました。今日一日借り切ってある車なので、運転手には家の前で待ってもらいました。

玄関のチャイムを押しました。

さあアンのお母さんにようやくお会いできるという期待と、私の不自由な英語でうまく意思疎通できるだろうかという不安とで、胸がドキドキして足まで震える始末です。

扉が開き銀髪の小柄な女性が転がるように出てきました。私も思わず駆け寄りました。

「ミスター・サトウ!」

「ミセス・ロス!」

そう言ったきり、お互い目を見つめ合いながら固い握手をしました。何度も何度も抱擁を繰り返しました。

言葉はまったく必要ありませんでした。お互いの温もりを肌で感じ、ただそれだけで何も語らずともすべてが分かる思いでした。

涙が止めどもなくあふれ出ました。

長年の念願がここに来て果たせたと思うと、鼻の奥がツーンとして、涙が溢れてきたのでした。

それまでアンのお母さんは大柄な人と想像していましたが、全く反対で、顔も英国人というよりも日本人のおばあちゃんに似た可愛らしい人でした。

私の幼少の頃に亡くなった母にも似た感じの人で、たちまち親近感がわいてきました。