04.「亀井一成先生のこと」

 小生の友人というか大先輩に当たる人で、神戸王子動物園の元技師の亀井一成先生がいらっしゃる。先生とは何年か前に日本実験動物技術者協会の全国総会で講演をお願いしたことから、以来、友人の末席に加えて頂いている。当時、小生は総会の副会長として、特別講演者交渉にあたっており、先生の交渉窓口となっている奥様にお電話を差し上げた。テレビやラジオの出演に忙しい先生の講演依頼であるから、相当な困難が伴うと覚悟していた。案の定、何度も断られた。理由は学術的な講演に行っても出席者の殆どがロビーや他の場所に行って、肝心の会場には役員ばかりが目立って一般の参加者が少ないのが通例だからということであった。その通り、学会では本会場以外の場所でロビー会談をするのもコミュニケーションの場として慣行になっているのが現状だった。

 ただ、我々が所属する協会は技術者がメインなので、先生がおっしゃっているようなことは、まず、ありません。小生が責任を持って会場外にいらっしゃる参加者も全員、講演を聞くように指導させて頂きますので、是非、お願いします。と再三のお願いに上がった。それでも、なかなか首を縦に振らなかった先生であったが、総会長と一緒に小生の私家本「アンと息子のために」を持って動物園に伺い、実験動物技術者といってもこのような歴史を歩んで参りました。先生の仕事は展示動物で我々の仕事は実験動物の違いはあるものの、動物に携わる者として共通の苦労はされているはずです。是非、先生の40年間の飼育技術者としての苦労話を我々にして下さいとお願いした。

 しばらく考えさせて下さいと、その本をしまわれたが、その翌日に「わかりました、講演を引き受けましょう。佐藤さん達、技術者の気持ちがこの本を通じて、充分理解出来ました」と連絡を頂いた。会長と何度も足を運んだ甲斐があって、講演は大成功に終わった。

 先生の話を聞いた参加者は全員がハンカチで涙をふきながらロビーに出て来た。今までも学術講演は何度も行ったが異例とも思えるこの光景は協会の長い歴史始まって以来の快挙だった。ハンドマイクを持って「皆さん、これから亀井先生の講演が始まりますので、会場にお入り下さい」と役員達が建物の中を走り回ったあげく、受付の人も含めて全員が会場に入ってくれた。小生ももちろん、臭い、汚いと蔑すまされながら頑張った亀井先生の40年間の講演内容を聞いて、涙はぬぐえなかったが、それよりも千名近い全国の技術者が同じ感動を持って聞いてくれたことが何より嬉しかった。以来、今でも亀井先生とはお付き合いをさせて頂いているが、もし、アンの物語が再版されるようなことがあれば、いつでも亀井の名前を使って下さいと、有難いお言葉を頂戴している。推薦文も書くとおっしゃって頂いたが、残念なことに出版社が見つからず、HPで公開する羽目になってしまった。でも、見る人が限られるこのようなサイトでも、徐々に広がりを見せていることは事実である。先生の素晴らしい著書の足元には及ばないものの、同様の気持ちを持って動物愛護、福祉活動をされている方からの反響を期待したい。

関西支部(注釈):後にアンの物語は「カタカナの墓碑」として出版され、その書籍の中で亀井先生は“推薦のことばに変えて”として「オリの中からのメッセージ」と題した寄稿をされています。