2003年10月15日、この日はゆきにとっても、日本レスキュー協会にとっても特別に記念すべき日となった。
ゆきはこの日、永寿特別養護老人ホームでセラピードッグとしての新しい人生をスタートさせたのだ。
O大学の佐藤にとっても、また特別の思いがあった。
この年の1月、まだ正月気分が残っているころ、何とかして犬を助けて欲しいと協会に連絡した時のことをいま思い起こしていた。
「藁をもつかむ思いとは、本当にこういう時に使う言葉なんですね」
と佐藤は当時のことを振り返ってしみじみと話している。
― もし1頭でも、あなた方に引き取ってもらうことができたら、おそらく全国でも初めてのケースになります。
処分される予定の実験動物の生命が助けられ、そして、社会のために、苦しんでいる人々の役に立つのは。―
佐藤の言葉は、わずか9カ月前には、風前の灯に似たただの願望でしかなかった。
殺処分される犬が、社会のため、人のために役立つなどとは、その時誰も考えることすら出来なかった。
とても大きな声で、人に話をすることのできないただの夢物語であった。
「誤った考え方を変える絶好のチャンスなんです」と鬼気迫る勢いで熱く語っていた佐藤の思いが、今こういう形で実現できるとは!
佐藤は、実験犬を助けてほしいと1本の電話をかけた意味の重要性をいま改めて噛みしめていた。
この年の初め、もしかしてその命はなかったゆきが、いまたくさんの人に囲まれ、その暖かさに包まれ生きている。
1人の人間の機転によって生かされた命が、いま恩返しをするかのように多くの人の心を和ませ、励ます仕事を始めようとしている。