その後、日本レスキュー協会と永寿特別老人ホームとで何度か打ち合わせが行われ、訓練されたラブラドールたちがホームを訪問してくれた。石井も入所されているお年寄りとセラピードッグとの和やかなふれあいを眺めながら、
「ああー、こういう犬たちがこれからやって来るのだろう」
と思っていた。
2003年5月のある日、日本レスキュー協会の伊藤から、「ゆき」と名づけられた犬がいるのだがと伝えられた。
大学の実験施設にいた雑種で、処分される寸前の犬だったという説明があった。
「白い犬で、性格的には非常におとなしい犬です。セラピードッグにはピッタリの犬だと思っております。
この犬を石井さんのホームに譲渡させていただきたいと考えているのですが、どうでしょうか?」
と尋ねられた。
石井も、自分としてはラブラドールであろうが、雑種であろうが、それはどちらでも構わないと思い、
「結構ですよ」
と答えておいた。
数日たって、伊藤からまた、電話が入った。
何かしら口ごもった物言いに、何かあるのかなと感じた。
「先日譲渡させていただきたいといった『ゆき』の事なんですが…。
実は、ゆきには持病があるんです。てんかん症です。
まだ発症したばかりで症状はそれほど重症ではないんですが…。
どうでしょうか、それでもそちらの施設で受け入れていただけますでしょうか」
と切り出された。
伊藤はこの時、正直言ってゆきの受け入れは、最終的に断られると覚悟していたという。
しかし、石井は、
「ここまで関わり合って、お互いに接点を持ってしまったのだから、今更お断りすることはできません。
私たちは福祉の仕事をしておりますし、てんかん症ということは特に気にはしておりません。
ホームの中には、いろんな病気を持っているお年寄りが入所されています。毎日私たちがお世話をさせていただいているのですから。
これも何かの縁です。喜んでお受けいたします」
と、石井は即座に受け入れを快く了承した。
この時はまだ、石井は写真でしか、ゆきのことを知らなかった。直接会っていたわけではなかった。
しかし、伊藤への信頼と、そういう犬だからこそなおさらのこと引き受けていこうという強い思いがあり、何の心配もしていなかった。
ただ、ホームの職員たちには、「犬が来るよ」とは言ってあったが、持病があるとは当然のことながら伝えていなかった。
「どうしよう。職員の負担が増えるかも知れない」