2002年の9月、その会議が行われたひと月前のことであった。
石井の家では、犬と猫を飼っていた。
犬の名前は、マル。何のまざりっけもない真っ黒な雑種犬であった。
1人息子がまだ小学生のころ、道端に捨てられていたのを家に連れてきて、ぜひ飼いたいと言い出した。その時の子犬がマルであった。
それから、16年間、一家はマルとともに良い思い出を作ってきた。それは、ただの犬というだけではなく、家族の一員として生活を共にしてきたという思いが石井にはある。
その後、息子はアメリカに留学したが、2002年の夏休み、ちょうど日本に帰国して、丸2ヶ月の間家にいて、年老いたマルと共に過ごした。
久しぶりに会ったマルと散歩をし、身体を洗ってあげるなどして、楽しい夏休みを満喫した。
8月の末になって学校が始まるので、息子はアメリカに戻っていった。
それからわずか1週間…。マルの様子が急におかしくなった。食欲がなく、1日中ただ寝ているだけの日が続いた。
数日間、元気がなく、本当にしんどそうにしていた。
その日は土曜日で休日だったので、石井は妻とともにマルのそばに付き添った。寝ずの看病になったが容態は好転せず、次第にマルの意識は薄れて行った。
翌日の日曜日朝方6時ごろ、静かに眠るようにして息を引き取った。
人間で言えば100歳ぐらいになる。老衰だった。
石井はすぐに、アメリカの息子に電話をした。マルの最期の様子を伝えた。
「苦しまずに、眠るように亡くなったよ」と石井は息子に伝えた。
電話口では、しばらく鳴咽の声が聞え、そして突如それは号泣となった。
息子にとって、マルと過ごした夏休みが最後の思い出となった。