一頭の命を助けることから

施設に行って実際犬たちを見てきた倉田、平野、永池たちの報告を聞くために、トレーナーたちが集まった。連日深夜まで全員が残り、時間をかけて何度も何度も真剣に話し合い、検討を重ねた。

小さな命を救いたいという強い思いは、全員に共通するものであった。自分達の話し合いが、施設にいる12頭の運命を決するだけでなく、このプロジェクトの成否いかんを左右すると言っても過言ではない。

日本でのセラピードッグ育成の成否に関わる問題でもあった。

何故なら、「セラピードッグ・メディカルセンター」プロジェクトはまだ立ち上げたばかり。今回の犬の引き取りが決まれば、協会としては第1号のセラピードッグとなる予定だからだ。

記念すべきその犬が、いま決まろうとしている。

長い話し合いの結果、ようやく12頭の中から一頭だけがセラピードッグとしての可能性を持っているという結論に達した。

逆に言えば、後の11頭は殺処分されるのだった。

それは、残酷な結論とも言えるが、いまは一頭の命を助けることから道を開くしかない。

引き取った犬は、全員で責任を持つことを決めた。

引き取ると決めたその一頭とは、真っ白な犬、「ゆき」であった。

セラピードッグとしての資質を考えれば、ゆきはおとなしくて、吠えたり、咬んだりしないという性格がみんなの評価を得た。

この性格ならば、将来、老人ホームにでも身体障害者施設にでも安心して譲渡することができる。施設の中でもみんなに愛され、末永く活躍することができるだろうとトレーナーたちが納得して出した結論であった。

出来れば12頭全部を助けたいという願いがみんなにはあった。しかし、レスキュードッグとか、セラピードッグのように働いている犬でいっぱいの犬舎に入れることもできない。収容施設ではないので隔離するスペースもなかった。

「まず1頭の命を助けよう!」

そのことがこれから多くの命を助ける突破口となるんだとみんなで確認し合った。小さな糸口だが、いま大きな一歩を踏み出したのである。

早速倉田は佐藤に電話で伝えた。

「1頭で申し訳ありませんが、あの真っ白な犬をお譲りください。責任を持って私たちが育てます!」